素敵なVisual Life
My Colorful Life
私の鮮やかな世界
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- 彫刻家・杉本準一郎さん・彫刻を通じて人の輪をつなぐ。
目の治療がもたらしたものは、
明瞭な視界と新たな人とのつながり
こうして、多くの人と関わりながら、日本や海外で活躍を続ける中、杉本さんは次第に目に異変を感じるようになった。
杉本さん「長い間に、多分5年10年かけてでしょうね、だんだん、だんだん、うっとうしいとなってね。それで、ああもう、これは都合が悪いな、となって常滑の眼科に行ったらね、そこの先生が“これは翼状片というんですよ”って教えてくれて、『名古屋アイクリニック』の中村先生を紹介してくださったんです」
翼状片とは、白目にある結膜が、翼を伸ばすような形で黒目に侵入してくる病気だ。進行すると、眼が充血したりしょぼしょぼしたり、違和感を感じたりするようになり、視界もさえぎられるという。翼状片が起こる主な原因は紫外線と言われており、常に屋外で陽の光をいっぱいに浴びながら活動してきた杉本さんの眼が、知らぬ間にダメージを受けていたのかもしれない。
杉本さん「眼が扉を閉じたようになっていたんですよ。それを横にどけて、“こんにちはー”って開けてもらったんです(笑)。そしたら、めっちゃくちゃきれいに見えたんですよ! ものすごく感激しまして。そうしたら、うちのかみさんが“私も目がよく見えないんだわ”っていうんで、じゃあ中村先生に治してもらったらいいわーって、また治してもらったんです。そうしたら、かみさんも“わぁ、眼がよく見えるってこんなに素晴らしいんだ”って感激して。今度はお嫁に行った娘が、それなら私も治してほしいって、また中村先生に手術してもらったんです(笑)。それで、家族で目が見えるっていうのはすばらしいねって実感したんです」
杉本さんは、2017年4月に翼状片手術を受け、奥様の惠美子さんは白内障の手術を2018年に右目、2020年には左目に受けた。その後、お嬢様の絹さんはリレックススマイル手術を受け、両目で0.2だった視力が1年後の検査で1.5となっている。
また、目の手術を受けたことによって新たな縁が生まれ、そこに集まった芸術家同士を結び付けた。2019年10月、同じように名古屋アイクリニックで目の手術を受け光を取り戻した油彩作家の三輪光明さん、ステンドグラス作家の牧野克己さんとともに『三人展 光 もとめて』が開催されたのだ。
さらに翌2020年には、名古屋アイクリニック20周年の記念イベントとして、新たに絵手紙作家の故・杉浦冨貴子さん、油絵作家の水谷寿美子さんを加えた『光 もとめてⅡ展』が、クリニック待合室にて2か月間にわたって開かれ、話題を集めた。また、2021年にリニューアルしたクリニックの新しい待合室には、杉本さんによる『アイ いっぱい』という大理石のモニュメントが置かれ、訪れた人の眼や心をほっこりと和ませてくれている。杉本さんに、この作品を作成した時のことを伺った。
―― この作品には、どんな思いを込めたんですか?
杉本さん「僕は展覧会やシンポジウムでは、いつも新しい作品を作るんです。例えば東京で展覧会をやった後、京都で展覧会をしたとしても、同じ作品は出しません。だから、ここに新しいビルを建てていて、そこに名古屋クリニックが入るとおっしゃったら、そのための新しい作品を作ります。そして、そこはどこなのか、いま何時代なのかをちゃんと考えて、“いま”を作ることを心がけてます。だから、“いま、このとき”に名古屋アイクリニックさんが新しく入るビルの前には何がいいだろうか、と考えながら、ビルが建設されている同じ時間に、僕は家でコチコチ作っていました」
―― それで、アイクリニックさんの「いま」を作ったわけですね。では、一昨年と昨年にクリニックで開かれた作品展でも新作を作ったんですか?
杉本さん「そのときは、 “よし、真っ白い石で、真っ白い彫刻をいくつか作ろう”と決めました。その展覧会のために真新しい作品を並べて、“どうだ!”と思って(笑)。そうやってやることが、楽しいわけですよ。新しいものを作るたびに、“自分がやりたいことは何だろうか。僕はいま、どこまで来ているんだろうか。じゃあ次は、どこへ行くんだろうか”ということを、その制作で僕は体験できる。だから、前に作ったものをちょっと手直しして……なんて話ではないわけです。いつもそのタイミング、そのときの“いま”を自分なりに解釈して作るという、それが、作る者のおもしろみなんですね」
―― 人間というのは常に変わっているものですから、「いま」を作り続けると、同じものはないわけですよね。それでも、常に新しいアイデアというのは浮かんでくるものなんですか?
杉本さん「浮かんでくるというか、もう毎日考えているんです。年にだいたい7回くらい展覧会をするんですが、いまのところ全部新作でやっているんです。だから、いつも次の展覧会のために一生懸命考えています。ちょうど、先日終わったせきがはら人間村での展覧会でも、9点全部新作です。この半年くらいはもう、かかりきりでした。僕は材木屋の息子だから、木がいい、木でやってほしいってね。半年間、それをやりました」
―― 常にいまを見つめ続けるということですね。そうやって、常に新しいものを作る精神はとても素晴らしいです。
杉本さん「でもね、世界には僕よりもっとすごいやつがいるんだ。ちょうど、コロナが初めて武漢で発生して、世界中に混乱が広がり始めた頃、一緒にシンポジウムをやった人たちの中に中国と台湾の人がいてね。終わってみんなが急いで国に帰ろうと準備していると、その二人は帰らない、というんだ。コロナが広がって、これから世界は行き来が出来なくなってしまう。だから、いま国に帰ったら、しばらくの間動けなくなる。国に閉じ込められて、芸術活動できなくなるんだぞ。お前はそれでも帰るのか、ってね。すごい覚悟だよね。僕は、家族が心配して早く帰って来いって言ってるし、帰らないことは考えていなかった。でも、芸術のために国に帰らない覚悟ができる。そんな人たちと一緒にね、競い合ったり協力し合ったりするんだよね。本当にすごいよ」
世界では、多くの芸術家がそれぞれの価値観の中で、自分を信じて芸術活動を続けている。杉本さんもまた、自分の感性の中で、「いま」を形にし続けている。2022年は、愛知県美術館にて4月26日〜5月1日に行われたNSG彫刻展で、杉本さんは最新の「大きな忘れ物」という作品を出展した。戦乱が続く現在の世界情勢をそのまま表した作品で、それを批判したり擁護したりするのではなく、ただ、いまの世界が忘れてしまっていることを表したという。この彫刻展が終わった後も、杉本さんは次のシンポジウムや展覧会に向けて新しい作品の製作に取り掛かっている。これからも、杉本さんが作り出す作品たちが、「いま」を表し、国を越えて新しい人の輪を広げ続けるだろう。